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deainokotonohaのブログ

出会いと発見 未来と過去は中今に息づいている

おもしろマクロビオティック備忘録⑦カフェ業務での気付き「食欲は内なる自然がもたらす兆候サイン」

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食欲は内なる自然がもたらす兆候サインだ


食欲というのは不思議ですね。

おなかが減ると何か食べたくて仕方ないのに、いざ
満腹になると、もう食べ物を見るのもイヤだ、という気分になりますが、6時間もすると またまた性懲りもなくたべたくなる……

この繰り返し。

お気に入りのランチバイキングでも、たとえどんなに美味しい料理ばかりでも、ある一線を越えると 苦痛に変わる(それ以降いくら食べ続けてもツラいだけ。)

……

さて、銀座のカフェでカレーの仕込みをして働いていた時のことです。
 ランチメニューの中に、ツナサンド、豆カレー、チキンカレー、を含めて5種類ほどのバリエーションがありました。

ある日、豆カレーがどういうわけか沢山オーダーされました。
次の日も、豆カレーが沢山出るのかな?!と思うと、
ツナサンドが沢山注文されました。

はっとして気付いたのですが、
人間の直感は、その時なにを食べるか 天候や体調などを 的確にじつはしっかり反映しているのではないか?!
 ということです。

……

「食べる」という非常に原初的な行為の裏づけには、
実は人間ひとりひとりの 内なる自然に基づいた
食欲という欲求があるのだろう、
自然がもたらす兆候サインなのではないか?

と気付きました。

理性や頭優位で食べるのと、自分の直感で食べるのとでは、ズレが生じることがあります。

理性も大切な働きなのです。
たとえば、いくら乳製品が食べたくても、放射能や大量のホルモン剤にまみれた食品は避けたほうが無難だ、
と判断できるのは、理性であり、知識の有無によります。

しかしなが、理性や頭だけでなく、直感もバランスよく取り入れたなら、素晴らしいでしょう。


直感の大切さをカフェの業務は気付かせてくれました。

ご来店頂きましたお客様、そしてカフェの店主やスタッフの皆様、ありがとうございました。

ここまでお読み下さりありがとうございました。

おもしろマクロビオティック備忘録⑤「清流のイワナか、濁流のコイか」食物で人体実験・自分の肉体感覚を研ぎ澄ます

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 「清流のイワナか、濁流のコイか?」
マクロビオティックで肉体感覚が研ぎ澄まされる


米食も3年も続けると 肉体やメンタル面でも感覚が鋭敏となり、
少しでも薬品や添加物、農薬を使った野菜の味、
砂糖、味の素 などを受け付けなくなってしまいます。

ひとことで言えば、自分の体で食物を使った人体実験をしているような状態です。

(清らかな渓流にすむイワナのように、汚れた水ではもはや棲めなくなっています。)

また少しでもバランスのズレた食物を口にしようものならば、
てきめんに体の不調として現れ出てしまうため、
まるで "やじろべえ" が右に左に揺れるような
イメージが当てはまります。

……

自分の体験をひとつ。

米食をはじめてから3ヶ月くらいたった頃のこと。ある夏の午後、自動販売機の氷入りのアイスティー(加糖だったかもしれません)を飲んでいると、あれあれっ、と思う間に ノドに違和感がはじまり食道か気管がはれぼったくなり、
声が出なくなりました。

蚊の鳴くような声しか出なくなってしまったので、
かなり驚きました。

どうしていいか すぐには分からず、意を決して
自然食マクロビオティックの普及活動をしていた
 日本CI協会 に電話して、事情を説明し相談しました。

 CI の女性:「また変なものを食べたのですか?
      気管系には レンコンの粉(確かコー      レンと言ったか?!)をお湯で溶いて
      飲んだらいいですよ。」

とアドバイスを受け、急いで近くの自然食品店でレンコンの粉を入手して飲んでみると、2日くらいの間に見事に気管の腫れが収まりました。

体調の急激な変化や手当てアドバイスの見事さに
驚かされたものです。

米食を続けることには、このような普通とは違う
敏感な反応をもたらすため、
少々困った事態になることも想定しておいた方がいいでしょう。

……

そして「食べ物」以外のゴールを見いだせないならば、
動物的な鋭敏な肉体感覚に振り回され続けます。

そうなると、
   生きるために食べているのか、
   食べるために生きているのか、

といった追い詰められた状態へと進んでしまうでしょう。
 「清流のイワナか、濁流のコイか?」

という例えでいえば、清流のイワナまっしぐら、
といった感がいなめません。

……

目先の事だけではなく、もっともっと大きな人生観と大きな自分の構えを作り 意識して、
自分自身の人生を拓いてゆけたなら素晴らしいと思います。

桜沢如一GO は「信じるな」と言いました。

(信じるな、の真意は言葉通りに何も信じないということではなく、自分で確信せよ、ということかもしれません、私見です。)

つまり、人が言うからでもなく、書物に書かれているからでもなく、

自分で見極めよ!

ということだと思います。

……

楽しきかな、マクロビオティック

ここまでお読み下さりありがとうございました。

おもしろマクロビオティック備忘録④宿便が出る時の覚悟

f:id:deainokotonoha:20170319132059j:plainf:id:deainokotonoha:20170319132047j:plain   カレン・キングストン女史の著書
『ガラクタ捨てれば自分が見える』風水整理術入門
  小学館文庫2002
腸のクレンジングの大切さが説かれている


1人暮らしをはじめた大学3年の初夏、手さぐり状態ではじめた炊飯器玄米食でしたが、
食べはじめて1ヶ月くらいの頃だったと思います。

ある朝起きると、ものすごい目まいとえもいわれぬ腹痛がして、これはただごとではない と
命の危険をかんじました。

ふらつく状態で和式トイレにいって用をたすと、
  「カラカラ、カラカラ……!。」
と小粒の黒いビー玉のような 石のようなものが
大量に便として飛びだし、
そのまま水洗式で流してしまいました。

後に本で知ったのですが、
米食を始めた頃に起きやすい 好転反応のひとつ、宿便がでたのだ ということでした。
 (糞石ふんせき、というそうです)

20才にして、こんな腸のよごれ具合なのです。

……

イギリス人女性のスペースクリアリングを提唱するカレン・キングストン女史は、
著作の中で度たび 腸のクレンジングの大切さ
について述べています。

カレン女史は独自の風水を編み出して部屋の片付け指導のプロとして カウンセリングをしているようですが、
 今でも東南アジアのひとたちが定期的に腸のクレンジングをする習慣を 高く評価しています。

……

自分の身体を使った食の人体実験としてのマクロビオティック

ひとりきりで行うよりも、身近に先達がいて、時おりアドバイスをもらいながら行えるのが理想です。

おなかは 腹脳ふくのう という呼び名もあるくらいで、
おなかと脳とは当然のことながら連動しています。

ごく普通の食事に慣れてしまった方のなかには、
米食をはじめると体調が悪くなる(ように感じる?!)方もいらっしゃると思います。
 それは一種の好転反応だと考えられますが、
体調の変動があることに 怖れを感じる方がいらしてもおかしくありません。

そこで玄米食は恐いと感じるか、いや、このまま食べ続けてみよう と決断するかは、
その方の「思い」ひとつです。

……

たかが玄米食を続けることに、これほどの覚悟がいろうとは、想像だにしませんでしたが、
宿便が出る時の覚悟は、あらかじめしておいたほうがいいかもしれません。
 びっくりですよ。

また、玄米食がもたらした身体改善の出来事、素晴らしい働きのひとつとも考えられます。

宿便や糞石ふんせきを排出しようと体全体とお腹が動き出す時、それは
身体にとっても一大事業、一斉清掃のようなものですから、
個人差はあれ、命がけのような覚悟が問われることもあるのだ、
と 心若き冒険者たちにはお伝えしておきたいと思います。

やるか、やらないかは
あなた次第です。

楽しきかな、マクロビオティック

……

ここまでお読み下さりありがとうございました。

参考文献 カレン・キングストン
 『ガラクタ捨てれば自分が見える』風水整理術入門   小学館文庫2002

おもしろマクロビオティック備忘録③玄米食の不思議と不自由さ

米食の不思議と不自由さf:id:deainokotonoha:20170316214222j:plain

米食と玄米食の違いはとても顕著です。
炊きたての白い御飯もわるくないですけれど。

……

今から25年も前の大学時代、運命的に出会った本に導かれて 炊飯器でボソボソの玄米食を手探りではじめました。
 手持ちの炊飯器で表皮の厚い玄米を炊くため、仕上がりはポロポロ、ボソボソで 決して美味とはいえませんでしたが、初めての1人暮らしと 食をめぐる日常的な冒険心がくすぐられたせいか、心は喜びに満ちあふれていました。

桜沢如一GO の著書のなかに 「健康の七大条件」という文があり、
  朝はガバッ、と起きる
と書かれていて、そんなバカな……
と内心思っていました。

米食をはじめて一週間たったか経たないかのある朝、ガバッと起き上がり目が覚めたので、
我ながら驚いたり、笑ってしまったのを思い出します。

……

ひと言で言えば、玄米食は不思議です。

食物という限定的な定義には収まりきれない繊細な作用が なにか働いているに違いありません。

例えば、「激しく怒る」ということが、玄米食を始めてから極端に減りました。
 とにかく毎日が楽しいのです。

それを言ってみれば、ナチュラル・ハイとでも表現できるかもしれません。
 そして人に対しての共感能力が増すためか、他人に対して愛情深く、心がこまやかになりました。

これまで気付かなかったことに気が付くようになったり、物事の新しい側面を発見したりで、とにかく毎日が新鮮だったのを覚えています。
  (玄米食だけでなく、陰陽を同時に学んだことも
   大きいかもしれません。)

……

ところが反面、小さな「差異」に気付くようになったせいか、異質なモノが苦手にもなりました。
 
 例えば肉食系の荒々しい性格の持ち主とは もう付き合いたくない……などといった思いに直面することになりました。

残念ながら(!?)、世界においてベジタリアンは少数派です。社会においてその小さなコミュニティの中だけで過ごせるなら まだいいかもしれませんが、
世の中はそう単純にはいきません。
 反りの合わない人との交渉ごとだってあるでしょう。玄米食によって感覚が鋭敏になりすぎるのもまた、つらいものです。
 その辺りに玄米食のむつかしさのひとつが見いだせます。

また、食事できるレストランが とびきり限定されてしまい、行動パターンが小さくなってくるという側面もあります。
 
 あたかも、ある種の動物が決まったモノだけを食し、生息域が限られてくるようなものです。

……

これがマクロビオティックの真実の姿なのでしょうか?!

新たなる道に踏み出そうとする、こころ若き冒険者たちに、是非体験し確かめていただきたいことのひとつです。

楽しきかな、マクロビオティック

……

ここまでお読み下さりありがとうございました。

おもしろマクロビオティック備忘録②砂糖に向き合う

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マクロビオティックと砂糖について思うこと。

幼少の頃を思い出しますと、確かに昭和40年代は甘いものは希少でした(田舎でしたし…)。
家の庭には甘柿の木があり、初秋に柿の実をもいで丸かじりするときの幸福感!

 戦中戦後の世代はさらに甘いものに飢えており、彼らの甘いものに対する欲求にこたえる形で和食に砂糖が多用されたに違いありません。

……

学生の頃、赤坂のパキスタン人の絨毯商人とインドカレーを食べている時、
   「和食は好きですか?」
と聞いてみた。パキスタン人の答えは
  「和食ジャパニーズは、まるでスイーツだ。」
というもので、衝撃をうけました。

実直な伝統食を食べる人びとにとっては、和食はあまりにも甘いのでしょう。

明治以来に確立された和食を責めても仕方がありませんが、甘いものに飢えた、そればかりか日々の食に飢えた経験をもつ戦中戦後世代の甘いものに対する幼少体験が、
糖尿病という形に反映されていてもおかしくはありません。
 (厚生労働省平成26年度の調査による糖尿病の総患者数は約317万人。)

(しかし、ここで砂糖を悪者扱いしたいわけではありません。
 砂糖の現実を知り、自らの意志で「選べる」ことこそが大切なのだと思います。)

……

たとえば 3ヶ月の間だけでも砂糖入りの食品を避けてみる、といった体験は
我々が日常に何気なく食べ続けている 食 に対しての気付きを体覚的にもたらしてくれるでしょう。
 きっと有益な体験になると思います。

よく言われていることですが、砂糖を摂取すると、
代わりに体内のカルシウムやビタミンが使われたり、流出するようです。
 その意味で 砂糖の入ったデザートや飲み物などをとることで 一時的な甘味への欲求は満たされても、長い目でみると体にダメージが残りやすいでしょう。

どうしても甘いモノが食べたい時は、ダメージを考えて 砂糖入りのものからフルーツやフレッシュジュースなど、果糖くだものの糖で代用するというのもひとつの手段です。

……

また、スイーツは脳の報酬系に作用する、いわゆる「自分へのごほうび」として利用できるという側面も見逃せません。
 自分のことながら頑張った、よくやった後など、
ほんの一口でもいいので甘味を口にするように習慣づけると、
日々の生活にメリハリがつき 甘味を楽しむと同時に人生にはずみがついて来ると思います。

砂糖の代用品として 非加熱で混ぜ物をしていない生ローハチミツなどは注目の食材でしょう。

マクロビオティックをやっているのに、ハチミツですって?! そんな極陰性なものを食べるのは、
マクロビオティックを知らないニセモノの考えなのでは?!

いえいえ、「信じない」「盲信しない」ということが
とても大切です。
 さらに言えば、自学自習、自分自身で確かめて体得することがマクロビオティックの基本中の基本ですから、色々試してみることです。
 そうですね……2~3ヶ月も続けて食べてみれば、その食品が身体にどんな作用を及ぼすのか?!が分かると思います。

 ただし、自己責任ですけれど。

楽しきかな、マクロビオティック

………

ここまでお読み下さりありがとうございました。

おもしろマクロビオティック備忘録①陰陽を見る目は、自在になるための道具と心得よ

f:id:deainokotonoha:20170302184210j:plain     陰陽を見る目は、自在になるための道具

日本においてマクロビオティック運動をはじめ、ヨーロッパやアメリカ、インド、アフリカを歴訪して啓蒙活動を行った 知の巨人、桜沢如一(さくらざわゆきかず)。

フランス語で書かれた『無双原理・易』の名著は、相対世界における 陰と陽のものの見方をよく説いています。
  男と女 暑いと寒い 明るいと暗い 甘いと苦い
  美と醜 天と地 大きい小さい 
  目に見えると目に見えない ……

などの相対的な構成要素で我々の世界は表現されます。桜沢如一(GOジョージ・オーサワ)は 名付けて
  「魔法のメガネ」
と呼びました。

陰陽を見る目をひとたび身につけると、とても面白いので 人はついつい夢中になってしまいます。
ただし、生成発展といったような物事のサイクルを知らなければ、この鋭利な刃物のような
陰陽を見る目は、ナマクラになってしまい空論と化します。
 従って、科学的な知見や一般的な知識を否定するものではありません。
むしろそれらの既存の情報を活性化し、別の側面に気付かせてくれます。

またGO は再三にわたり「陰というもの」や「陽というもの」が絶対的に存在しているのではなく、相対的な、一時のバランスを表現していることに注意するよう呼び掛けています。

肉は陽性で、砂糖は陰性、といったひとつのモノの見方に固執するのではなく、むしろ自在にあるために「魔法のメガネ」陰陽のものの見方を利用する、というのが あるべき我々の姿なのかもしれません。

人間ひとりひとりにも、また社会や歴史をみても、表があれば裏もあります。さらに他の見方をすれば、そこにも表や裏があります。
正・反・合という言葉があるように、全体を俯瞰する目を持ちたいものです。

陰陽を見る目は、自在になるための道具として、一応自分自身にインストールしておく…しかしこだわらない、というのがいいかもしれません。
 ひとつの見方にこだわるのではなく、自身の気付きを促し、自在になってゆくためにとても有用な道具と心得えていただけたら素晴らしいと思います。


ところで、陰陽を見る目で自在になったとしたら、
なにをなさりたいですか?

実はこれがいちばん大事ですよね。
(若き自分にはこれが欠けていたのでした トホホ…)

楽しきかな、マクロビオティック

……

ここまでお読み下さりありがとうございました。

糖尿病とエッチに効果が?!スリランカの長粒赤米ラトゥ・カクルRATHU・KAKULUを発見

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スリランカの長粒赤米ラトゥ・カクル

輸入食品店に寄った。飲食店勤務時代の習性か、未知の食品・食材や調味料、香辛料の使い方などには興味がある。

スリランカ人と思われる小柄な朴とつな中年男性との
日本語・英語まじりのカタコトでの会話でも、
地球人同士の意志疎通のトレーニングだと思いながら
楽しんでいる。

……

金属棚に中くらいの袋に入った赤っぽい長粒米を見つけた。
二人の大柄で太った外国人男性が 慣れた様子で入店して来て、店主とあいさつを交わした後、
一人がこの赤米らしき袋をひとつ手に持った。

自分:「ちょっと聞いてもいいですか?」

男性:「なんですか?」

自分:「それは赤米ですか?!」

男性:「そう。ラトゥ・カクルだよ。ラトゥは赤REDの意    味だよ。」

自分:「それじゃあ、白い米はホワイト・カクル
    ですか?!」

男性:「ちがう。白い米はライスだ。そういう名前
    なんだ。」

自分:「そうですか…ラトゥ・カクルは美味しいの
    ですか?」

男性:「あまり美味しいわけではないが、糖尿病に効果
    がある。それにエッチも強くなる!
    (前腕をグッと持ち上げるポーズ)」

自分:「そうですか(笑)。ありがとう。」

……

長粒赤米の赤っぽい外皮の部分には多分ポリフェノールの様な成分が多く含まれているのだろう。
 日本でも江戸時代頃までは 神事などに赤米がお供えされていたようだし、小豆アズキ入り赤飯の原型だと言われている。

栽培種としてその他にも白米、緑米など種々なバラエティに富んだ米作りがなされていたようだが、
明治から昭和にかけては、白米一色へと統一されて来た歴史があるようだ。
 少しでも赤米が混じると「赤米公害」
と言って 米のランクも下がったと言うのだが…

……

スリランカの長粒赤米 ラトゥ・カクル が本当に
糖尿病に効果があるのかどうか?!
 またエッチが強くなるかどうかは、まだ食べていないので 分かりません。

ご興味をお持ちになられた方お試しになられたらいかがでしょうか。

……

ここまでお読み下さりありがとうございました。