読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

deainokotonohaのブログ

出会いと発見 未来と過去は中今に息づいている

礼儀正しさのルーツは?!ホーリーバジル、立禅、大地の徳

f:id:deainokotonoha:20170213134732j:plain

礼儀正しくするのはナゼだろう。

大和古流ヤマトコルの友常貴仁氏の著書に「あめつちとのやくそく」という言葉があったが、何か奥深いと感じつつも、その真意が分からなかった。

人々との争いのなかで礼節を失い 道を踏み外した。

傷心のうちにホーリーバジルを育ててみると、これまでの人生のなかで気付かなかった 大地の偉大さを体感させられた。
同時期、偶然古本屋で立ち読みした 水野南北の対話集で、
 庭に花ではなく野菜を植えるといい。大地が
 持つ生成化育の徳の成就を助けることになる
 から。
と書かれていて、その事が静かな衝撃波となり心に浸透した。

江戸時代の知識人の奥深さ、われわれが現代において失いつつある 何か がありそうだ。

立禅をやってみた。
大地の力と自分を一体にする方法であり、身体の健康にも効果的な伝統的手法だ。

立禅は近年話題になりつつある「アーシング」大地の未知のエネルギーを取り込むワークの古代中国版とも考えられるだろう。
中華遺産、人類遺産とも言えよう。
 
彼らは知っていたのだ。
いかにして大地を通じて天と一体になるのかを。

立禅は 無念無想でやるのがいい、とされるのだが、ふつうの人は一週間くらいで飽きてしまう。
つまり、モチベーションが続かない事が多い。

そこで ヘミシンクの坂本政道氏が著書のなかで紹介していた
  「天と地のエネルギー・スーパーラブを充たす
   ワーク」
を立禅に取り入れてみた。

これはとてもいい感じだ。
座禅や立禅では 無念無想をやろうとするが、実は人間の脳波は瞬時も休むことなく、睡眠中でさえ動きつづけ活動するのだから、
有念有想、あるいはイメージワークを積極的に行う、というのはひとつの手だと思う。
 (禅の行は危険が伴うことがあるそうですから、
 ふさわしい師に着く事が理想でしょう。禅病とい 禅者がかかりやすい症状の回避も大切でしょう)

都内某所に物産店を構える初老の老紳士と、店頭で話を交わした。
どうやら中国系の行法を修める方のようだった。
椅子に案内され、客人としてお茶でもてなしていただいた。
 その人に接する丁寧さや奥ゆかしさ、礼節や正直さ、率直さに心打たれた。
昔からの礼儀正しさや伝統を重んずる態度は、華人に見習うものがあるだろう。

日本人は礼儀正しい、と言われるが 本当だろうか。その礼儀正しさは形ばかりで 本質が見失われつつありはしないか。
 もう一度 古人たちが大切にしていた世界観を見直してもいいのではなかろうか。

……

ここまでお読み下さりありがとうございました。