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deainokotonohaのブログ

出会いと発見 未来と過去は中今に息づいている

感想映画「君の名は。」 間違ったむすび論と危ういメッセージ

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いま話題の映画「君の名は。」を観てきました。感想を書きます。

〇この映画の登場人物に悪役はいない。基本的にみんないい人達ばかり。(レストランの場面でチョイ悪役がいたかな?!)しかし、不条理とも思えるような突然の大惨事がピンポイントで襲いかかって来る、ということを罪なことだけれど美しい映像で繰り返しスリ込んでくる(4、5回隕石落下のショッキングな映像と音響)。それも よりによって自分が気にしていた若い女性の所へ。

〇限りなく少ない登場人物と、家庭に不和・不安をかかえ家族の絆の薄い主人公 三葉とタキの二人。
三葉は幼くして美しかった母親をなくし、父親は神社を捨てて出ていき権威的。頼れるのは年はいったがしっかりしている祖母だけ。タキは両親が離婚したらしく、家には父親しかいない。仲がいい親友二人とバイト先の美しい奥寺先輩との淡い関係。
この映画の物語は映像は宇宙的であるが極端に情報がしぼられて少ない。

〇ストーリーのほとんどが三葉とタキの心象風景でつづられており、観客の情動を巧みに誘導している(「ブラック・スワン」という映画の構成を思いだした。全編主人公女性の心象で描かれていた)。

〇継ぎはぎ切り貼りの構成で時間軸が行ったり来たり、もどったり変化したりして、物語の因果関係が 全編を見終わらないと分からないように作られている。
それが物語の構成のキーワードとして使われる「むすび」の作用だ、とでも言うように。

〇「むすび」という、いかにも古くからありそうな概念を 昔からある神社の祖母(三葉が頼りにしているたった一人の存在)に語らせる。神社が火事になったため古文書は失われてしまった(から根拠は曖昧だが、という前置きで)が、むすびという概念を示す。
そして神社の代々の巫女は若い頃、不思議な体験をするのだ、と、いかにもありそうな話をする。夢の間に他人の中に入ってしまう、という現象。(それを赤い糸 というかどうかについては根拠は薄いと思うのだが)

〇決定的なのは、「むすび」の考え方に合わない現象をむすびと扱っていること。
人間の持っている多元的要素、たとえば 意識、霊魂、肉体 などはふつうは分離しないように一体のものとして 自然の法則で「むすばれ」て存在しているのがむすびだと思うが、記憶が全くない状態で特定の二人の男女の、肉体以外のすべてが入れ替わる、ということは「むすび」の考え方では起こらない不自然現象である。

そもそも あっちでもこっちでも年頃の男女が入れ替わったりもどったりを始めたとしたら、現実の世界は 今とはかけ離れた複雑怪奇な世界へと変貌してしまうと思うが、それは本当に むすび だろうか?!

(そこは仮想現実の映画なのだから、怒ってはいけません。)

〇映画全編を通して 観客は自分が男なのか?女なのか?どれが現実で、どれが夢なのか?今は過去なのか?未来なのか?といった全てが不安定で不確実な 疑似精神疾患的状態を経験する。

それは本当に むすび などという古くからの概念だろうか?

物語は一応はハッピーエンドで終わるのでいいのだが、この映画の伝えようとするメッセージは、ひとことで言って、危うい。

この映画の本当の隠されたメッセージを読み切れるだろうか?

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。